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ぼくのほそ道

サイエンスとかアートとか自然とか仏像とか生物とか・・・。僕の知り合いの人は読むの非推奨!

「大学教授ったってただの公務員みたいなもんだからふつうの人だし高給取りじゃないんだよ」って言ったら、「公務員の給料もらえてるなら十分すぎるくらい恵まれてるじゃない」と、かなり本気でキレられた。

僕は謙遜のつもりで言ったけど、そもそも公務員っていうワードを謙遜のコンテクストで使ったのがまずかった。慎まねばならぬ。僕らのまわりにはいろんな人がいるのだ。公務員を地味な一般ピープルとみなす人もいれば、恵まれた特権階級とみなす人もいる。貧しい母子家庭で育った僕は後者の代弁者を気取っていたけれど、いつから前者になったのだろうか。

(なお、大学教授は公務員みたいなものと言っても実際は、市役所ではたらいてるようないわゆる「ステレオティピカルな公務員」と比較すると、公務員としてのランクも違うし給料も違う。だから僕としては純粋に謙遜したつもりだったのです。だけどそのキレた人は、僕のゆるーい外見や話し方からして、「こいつはステレオティピカルな公務員以下のカーストに属する人だ」と無意識に認定していたわけではないでしょうか。)

(社会カーストってむずかしいですよね。似たカースト同士ならお互いの序列に敏感なので対人関係がスムーズなのですが、違いすぎると理解しあえない。大学教授が社会カーストのどのへんに位置するかは共有できてるとと思ったんだけど、その人は、「大学教授だけどステレオティピカルな公務員以下」という認定を行うことに矛盾を感じない程度の予備知識しか持ってなかったんです。)

(そのとき僕は無意識だったんですが、「大学教授という上流カーストに属するわたくしが「こういう人」と対等に話している。身分にとらわれないわたくしってえらい」なんて上から目線の自己満足的謙遜プレイをしていたのかもしれません。もしそうならたいへんはずかしいことなのです。)

(その人はスーツを着ていて僕はセーター。その人から見たら僕は下の階級に見えて、僕からしたらカジュアルな服装で仕事でたたかえる自分が好きで、こういうふたりがわかりあうのはむずかしいことなのかもしれません。)

しかしまあ、この先僕はどんなにえらくなったとしても、早朝の魚市場でバイトしてたころの気持ちを忘れたくない。そうじゃないと、ほんとに人の気持ちに届く研究はできないし、伝わらないと思う。

ちなみにこれは僕のような能力の限られた研究者だから言うことで、ほんとに天才の研究者は自由奔放に研究してりゃひとりでに世の中のためになるんだ。

そしてこういうことを書くとまた、お前くらいあまたがよけりゃ十分じゃないか、謙遜が逆にむかつくんじゃ、と言われてしまうかもしれぬ。確かにそうだ。でも僕はたぶん、日本で100位くらいになれたとしても絶対10位以内には入れない。その程度なのだわ。

「京都に住むと夏は暑くて冬は寒くてほんまかなわんわ」なんて言う人がいる。京都フェチの僕は内心、「京都に住めてるだけですごいやないか、自慢のつもりか!」と感じてしまう。人それぞれ、「恵まれてる」と感じる基準は違って、自分の弱点を他人はうらやんでいるかもしれない。こうなっちゃうと、気にし始めると僕らは何もしゃべれなくなる。

ありとあらゆることを考えすぎて何も言えなくなるなんてそんなばかなあやまちはしないのさ、とオザケンは言うだろうけど。