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ぼくのほそ道

サイエンスとかアートとか自然とか仏像とか生物とか・・・。僕の知り合いの人は読むの非推奨!

ろくでなし子問題:peer review vs. governmental review

ろくでなし子の表現に、警察・検察・裁判所などがかかわってきて規制するのは反対である。それは行政や司法による表現の自由への介入であり、governmental reviewが常態化するとそれは広範囲な検閲となる恐れがあるため、そのような規制は反対である。

しかし一方、ろくでなし子の作品がなんらかの価値を持っているかというと、僕はそう思わない。controversyを生む芸術作品は、センス良く問題の本質をえぐっていなければならない。たとえばデュシャン会田誠のように。鑑賞者は、腹立つと同時に、こりゃ一本取られたワイ、というように認めたくなるようなもの、それがすてきな炎上芸術というものである。ろくでなし子からはそれを感じられないのである。

僕にとってろくでなし子は「ただのくだらないもの」であるから、司法や行政で葬りさるのではなく、自由意思を持った一般人たちが選択しないという方法で、人から相手にされないようになるべきだと思う。それは、凡庸な芸術家が世間から相手にされないのとおなじことである。凡庸な芸術家からは罰金を取る、というような政治の介入は必要ないのである。民衆に評価されて、芸術家は人気が出たり凋落したりする。これは、いわばpeer reviewである。

僕にとってはくだらないろくでなし子であるが、彼女を評価する人の存在を、僕は否定しない。民衆にはいろんな人がいてもいい。むかしアメリカの政治家が、「私の論敵が発言する機会を、私は全力で守る」というようなことを言った。これこそが理想的な姿勢だと思う。そして僕としては、ろくでなし子のくだらなさが理解できるほどに社会のリテラシーが発展すればよいと思っているのである。