ぼくのほそ道

サイエンスとかアートとか自然とか仏像とか生物とか・・・。僕の知り合いの人は読むの非推奨!

悪魔とたたかう方法

「悪魔とたたかう方法、それは―自分自身が悪魔になることだ」

ゆうべのテレビで永井豪が言っていた。マンガのなかで。

僕に当てはめると、

「有名人とたたかう方法、それは―自分自身が有名人になることだ」

となる。有名人って調子に乗って適当なことを言う。たとえば、オリンピック選手が政治に口をはさんだり、お笑い芸人が人生哲学を語ったりする。言ってる内容はただのド素人のたわごとなのに、彼らは有名人で、その本業で人気を獲得しているゆえに、耳を傾ける民衆は多い。彼らのほうでも、勘違いが生まれる。ただ非常にマニアックでピンポイントの仕事で成功したにすぎないのに、自分は成功者だから、身の回りのあらゆることが一般人より見えていて優秀だ、と思ってしまうのだ。

僕はものごころついたときから大学院に至るまで、ずっとまわりから、特別頭いいね、って言われてきた。その反面、頭いいのになんでそんなバカなことするの?とも言われ続けてきた。僕は賢いと同時にバカなのだ。この状況を整理するために僕がむかしから使っているたとえは、あやとりの世界チャンピオンだ。そういう人が実在するかどうかは別として。

あやとりの世界チャンピオンはその方面ではすごいのだが、その才能はあやとりに限定されたものであり、実生活に役立つ何らかの才能が保証されているわけではない。世間でもほとんど認知されていない。そして、僕が賢いというのも、実はそういうことなんだと思っている。ピンポイントではすごい能力を持っているが、だからといってうれしげに、世間のすべてに上から目線でコメント寄せられるような汎用性は持っていない。そしてなにより、自分自身の人生を、「かしこく」生きるすべは、まったく持ち合わせていない。

話がそれてしまった。そう、適当なことを言う有名人である。僕の鼻につくのは、ド素人のクセに科学について語るやつらだ。でも彼らの発言はメディアを駆け巡り、彼らの信者のあいだでは教典として神聖視される。こうして民衆はまた誤導されていく。

僕は科学的事実を、その不確実性も含めてできるだけ正確に、民衆に伝えようとしている。本も書くしイベントにも出るし授業もやっている。しかし発信力が足りない。だから僕は、有名人になりたい。